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東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(ワ)314号 判決

原告 国

訴訟代理人 舘忠彦 外四名

被告 岡崎ツネ 外三名

主文

原告に対し、被告岡崎ツネは金八三万五六六一円及びこれに対する昭和二七年七月一七日以降完済まで年五分の割合による金員を、その他の被告らは各金五五万七一〇七円及びこれに対する右同日以降完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払うべし。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

一、請求及び答弁の趣旨

原告代理人は、主文同旨の判決を求め、被告ら代理人は、原告の請求はいずれも棄却する旨の判決を求めた。

二、事実上の陳述

(請求の原因)

(一)  訴外亡岡崎豊は、昭和二一年一二月三一日以降昭和二七年七月一七日死亡するに至るまで、引揚援護庁第一復員局経理部債権処理班長(昭和二四年末までは「債務処理班長」と称した。)として、原告の有する旧陸軍関係債権の回収業務に従事していた。

その業務は、昭和二三年五月二九日政令第一二四号引揚援護庁設置令(第六条第五号)、同日引揚援護庁訓令第一号引揚援護庁分課規程(第一七条第三号、同条第六号)及び経理部長の定めた「復員局経理部業務分担表」に基き、経理部長(歳入徴収官)の補助者として「債権の処理」をすることであり、この「債権の処理」の内容としては、(イ)債権の確認、(ロ)訴訟及び和解、(ハ)納入告知書の送付、(ニ)納付の督促、(ホ)取消処分、(ヘ)不納欠損処分等があつた。

(二)  然るところ右岡崎豊は、その在職中いずれも原告に対する債務者たる(1) 日本擬革製造株式会社から弁済として昭和二四年五月二四日金五万九六五二円を、(2) 東亜鉱業株式会社から同様同年一一月一五日金六四一九円六七銭を、(3) 大同毛織株式会社から同様右同日二九〇万一四一一円一〇銭を、(4) 株式会社西村木工所から同様同年一二月二五日金一万二〇〇円を、(5) 扶桑金属工業株式会社から同様昭和二五年二月一日金一万三一四七円五八銭を、(6) 同会社から同様同月一一日金一八万四九〇二円二銭を、それぞれ受領し、(4) の受領金のうち金七五〇〇円を日本銀行に納付したほかの合計三一六万八二三二円三七銭を自己の用途に費消した。

(三)  (1) すでに(一)で述べたところによつて明かなように、弁済の受領は歳入徴収官の補助者にして出納官吏でない岡崎豊の本来の職務ではなかつたにしても、債務者から債務確認を提出せしめ、あるいはこれに対して文書または口頭により納付の督促を行う等債務者と折衝する行為はその本来の職務に属したのであつて、折衝の過程で債務者が現実に弁済金を持参し受領を懇請した場合等必要やむを得ざる場合は、本来の職務に関連する行為として取扱上その受領を許されていたのである。これは、もし職務規定を文字どおりに遵守して徴収命令系統の係官が、債務者の持参した弁済金の受領を拒否して日本銀行へ持参することを指示した場合、折角持参した債務者は弁済意欲を失い、結局原告は弁済を受ける機を失うに至るという実際上の理由に裏付けられていたのである。

従つて訴外岡崎豊の前記弁済金の受領はその広義の職務に属し、同人が右弁済金を受領した時原告は債務の弁済を受けたことになり、弁済金は原告に帰属したことになる。

(2) 仮りに右主張理由なく、出納官吏でない岡崎豊に弁済受領の権限が全くなかつたとしても、同人の前記各弁済の受領は民法第一一〇条の表見代理行為として原告に対しその効力を生ずる。すなわち右岡崎が、原告のため、ある範囲の対外的権限を有したことは前記(一)の主張から明白であり、債務者らは弁済に際して同人に原告のため弁済を受領する権限ありと信じたのであり、そしてかく信ずるについては、債務者ら通常人にとつては何人が原告の出納官吏であるかということは不明であり、岡崎豊が当時債権処理班長という地位にあつて、納入告知書の送付、納入の督促等の事務に当つており、かつ弁済金の受領は引揚援護局において公然となし、その上職印を押した領収書を交付していたことからすれば、いわゆる正当の理由があつたといえるからである。

従つて弁済は原告に対する弁済として有効となり、弁済金は原告に帰属したことになる。

(四)  右(三)の(1) 、(2) のいずれによるも岡崎豊の弁済受領金は同人の前記受領と同時に原告の所有に帰したのであり、これを前記の如く費消した右岡崎は悪意の受益者というべきであるから、原告に対し右金三一六万八二三二円三七銭に費消の日以降完済まで年五分の利息を附して返還すべき債務を負つたことになる。

仮りに、岡崎豊の受領した金銭がまだ原告に帰属していないとしても、右同人の金銭受領によつて原告の訴外会社らに対して有した債権が消滅し、よつて原告は右債権額相当の損害を受け、右岡崎は右会社らから受領した金銭を不法に領得し、この金額相当の利益を受けたのであるから同人の不当利得は成立する。

(五)  被告ツネは岡崎豊の妻として、その他の被告らはその子として、前記岡崎豊の死亡によつてその相続をしたが、本件債務については、その後昭和二七年一二月二四日その共同相続財産で内金六六万一二五〇円八〇銭を納入したのみで残金二五〇万六九八二円(国庫出納金端数計算法により円未満の端数処理、以下同じ。)は未だに支払わない。

(六)  よつて原告は、被告ツネに対しては右二五〇万六九八二円の三分の一、その他の被告らに対してはいずれも同金額の九分の二の各金員とこれに対する昭和二七年七月一七日以降完済まで年五分の割合による利息の支払を求める。

(答弁並びに抗弁)

請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(三)(1) は、原告主張の如き異例の取扱が許されていたことは争う。仮りに許されていたとしても、かかる単なる取扱の便宜による歳入徴収官の補助者に対する弁済受領権限の付与は、会計法第八条の規定する徴収職務と出納職務の兼職禁止の原則に違反するものであつて無効である。いずれにしても、岡崎豊に弁済受領の権限はなかつたのであるから、同人の弁済金の受領が弁済の効力を生ずるいわれなく、従つてその受領金は原告の所有となつたものでなく、その受領によつて原告の債権が消滅したものでもない。

同(2) について。

もともと歳入金の収納については専ら会計法の規定によるべく、この関係に民法第一一〇条の適用はない。仮りに、適用ありとするも、債務の弁済(受領)は法律行為ではないからこの点から結局本件では民法の右規定を適用することはできない。仮りに本件にも民法第一一〇条の適用を見るとしても、原告の主張は、次の如く理由がない。

すなわち、岡崎豊が原告のため原告主張(一)の如き業務を有したことは相違なく、また、債務者たる訴外会社らが同人の受領権限を信じていたとしても、かく信ずるにつき正当の理由があつたとはいえない。当時同人が債権処理班長の地位にあつて原告主張の如く納入告知、督促等の事務に当つていたことは事実であるが、歳入金は出納官吏等法定の収納権者でなければ収納できないことになつており(会計法第七条参照)、また本件納入告知書にも明確に「日本銀行に納入すべし。」と記載されていたのであるから、法の規定、納入告知書の記載を無視してなされた訴外会社らの弁済には、右のような正当の理由ありとすることはできない。

以上いずれの点からするも民法第一一〇条の適用を理由とする弁済の有効、これによる弁済金の原告への帰属の主張は理由なく、弁済は効力を生ぜず、弁済金は国庫に帰属しないことになる。

なお、弁済の有効を前提とする弁済金の原告帰属の主張の理由なきこと以上の如くであるが、仮りに納入義務者たる訴外会社らからの岡崎の金銭受領が終局的には債務消減の効力を生ずるとしても、なお、同人の受領した金銭の所有権は原告に帰属しない。右の金銭は、国庫金の出納保管をつかさどる日本銀行または出納官吏の保管になつた時にはじめて原告の所有となるのである。

(四) について。

訴外岡崎豊の費消した金銭は原告の所有でないこと右の如くであるから同人が原告に対し不当利得返還義務を負うべきいわれはない。のみならず、岡崎豊は国の官吏であり、官吏の職務執行またはこれと密接不可分の行為については国と官吏との関係について直接民法の規定の適用はないから、民法不当利得の規定も本件には適用なく、従つて同人の不当利得返還義務は否定せらるべきである。

(五)について。

原告主張の相続の事実、岡崎豊の費消金中六六万一二五〇円八〇銭を納入したのみで、二五〇万六九八二円は未だ何人にも支払つていない事実は、いずれも認める。

(原告の反対主張)

会計法第七条、第八条等の規定は専ら官吏の私曲を防ぎ、会計上の非違を防圧して国庫収入の確保、適正化をはかるための訓示規定たるを主たる内容とするものであつて、国家機関を拘束するものではあるが、これはあくまで国家機関内部の関係にすぎず、たとえこれら会計法規に違反したからとてそれのみで直ちに当該法律行為が無効となるものではなく、第三者との関係において出納権限を有しない者への弁済が有効であるか否かの問題は、民法の規定によつて判断すべきものである。会計法第七条の解釈においても、国庫金出納の権限を有しない者への弁済をすべて無効とするものではなく、右の場合でも表見代理等の法理は当然適用されるものと解すべきである。

三、証拠

原告代理人は、甲第一ないし第三号証を提出し、証人間下石三、西村政五郎、高岡春雄、長岡武紀の各証云を援用し、被告ら代理人は証人間下石三の証云を援用し、甲号各証は不知である、と笞えた。

理由

訴外亡岡崎豊が、昭和二一年一二月三一日以降昭和二七年七月一七日その死亡するに至るまで、引揚援護庁第一復員局経理部債権処理班長(昭和二四年末までは「債務処理班長」と称した。)として、原告の有する旧陸軍関係の債権の回収業務に従事していたものであつて、その業務が、原告主張の法令に基き、経理部長(歳入徴収官)の補助者として、(イ)債権の確認、(ロ)訴訟及び和解、(ハ)納入告知書の送付、(ニ)納付の督促、(ホ)取消処分、(ヘ)不納欠損処分等を内容とする「債権の処理」をすることであつたこと、然るに右岡崎豊は、原告が請求原因(二)(1) ないし(6) において主張する如く、その在職中、原告に対する債務者たる訴外日本擬革製造株式会社外四名から弁済として合計金三一七万五七三二円三七銭を受領し、うち金三一六万八二三二円三七銭を自己の用途に費消したことは当事者間に争がない。

原告はまず、右岡崎は歳入徴収官の補助者にして出納官吏でなく、従つて歳入金につき法規上固有の弁済受領の権限はなかつたが、取扱上の便宜の措置として受領の権限を与えられていた旨主張し、証人間下石三の証云によれば、右岡崎の弁済受領が便宜上黙認されていたことが窺われるのであるが、会計法第七条第一項は、「歳入は、出納官吏でなければ、これを収納することができない。」と規定して(同項但書によつて例外とされているのは出納員と日本銀行だけである。)、出納事務を出納官の専占権限とし、同法第五条は、「歳入は、歳人徴収官でなければ、これを徴収することができない。」と規定して、徴収事務を歳入徴収官吏の専占権限とし、同法第八条は、政令で特例を設ける外は、「歳入の徴収の職務は、現金出納の職務と相兼ねることができない。」と規定して、命令系統の事務と出納系統の事務の兼掌を禁じているのであつて、これら規定は相まつて歳入事務の正確、国庫収入の確実を図るの目的に出たものというべく、この法の趣旨から考えると、右の如く歳入徴収官の補助者(もとより出納官吏でない。)に対して、取扱上の便宜の措置として弁済金受領の権限を与えるというが如き、会計法第五条、第七条等の規定に正面から違反する行為の無効なことは勿論というべきであるから(なお、受領権限を与えられる者が歳入徴収官であろうとその「補助者」であろうと、この点で差異はないと考える。)、岡崎豊が取扱上の授権に基き有効に弁済金受領の権限を有したとなす原告の右主張は採用できず、従つて右権限の故に本件弁済金が原告に帰属したとする請求原因(三)(1) の主張は理由がない。

次に、原告は、岡崎豊の弁済金受領は民法第一一〇条の表見代理行為として原告に対し効力を有すると主張するので、この点につき判断する。

被告らは、まず歳入金の収納については専ら会計法の規定によるべく、この関係に民法第一一〇条の規定の適用なき旨主張する。ところで、前記の如く、会計法第五条が、「歳入は、歳入徴収官でなければ、これを徴収することができない。」と規定し、同法第七条第一項が、「歳入は出納官吏でなければ、これを収納することができない。」と規定し、同法第八条が徴収職務と現金出納職務の兼掌禁止を規定したのは、前記の如きその立法の趣旨から考えるならば、原告の所論の如く、国家機関を拘束する、国家機関内部の関係を規律するだけのものと解すべきではなく、内部的にも外部的にも、徴収は歳入徴収官の、収納は出納官吏の各専占的権限であつて、外部との関係においても本来権限に基く行為として有効なのは歳入徴収官の徴収行為、出納官吏の収納行為のみであることを規定したものと解すべきである。そして、歳入徴収官の補助者(出納官吏でない。)たる者に弁済受領の権限そのものを便宜措置として与えることは、これら規定に直接正面から違反するものとしてその授権の無効なること前記判定の如くであるが、そのことと、右の者が弁済金を受領した行為につき民法第一一〇条の適用があるか否かとはおのずから別個の問題である。けだし後者は、弁済金受領の権限そのものに基く行為として固有に有効となるかどうかという問題ではなく、弁済金受領の権限のないことは前提とした上で、かかる者の弁済金受領も(民法第一一〇条の要求する)一定の要件の具備する場合には固有の弁済と同一の効果を生ぜしむべきかどうかの問題だからである(民法第一一〇条の表見代理の制度そのものが、代理権に基かぬ行為として本来は本人に対し無効なるべき行為について、一定の要件の具備のもとで代理権のある場合と効果を一にするという制度なのである。)。歳入金の収納そのものが前記会計法の諸規定によるということからは、これら規定に反する収納-権限に基くものとしての固有の収納-が許されないということは直接出て来るにしても、収納でないものに一定の要件の具備する場合に収納と同一の効果を認めてはならぬということまで、少くとも直接には出て来るものではない,すなわち、右会計法の諸規定から、直ちに歳入金の弁済関係には民法第一一〇条の適用なしとはいえないのであつて、その適用の有無は、右会計法の諸規定が、現実の結果においてこれら諸規定の効果を若干減殺することになる右民法の規定の適用をも排除する趣旨であるかどうかについて決せられるべきことである。そしてこの点については、少くとも本件におけるが如く、国を一方の当事者とするにすぎないでその実質は私法上の債権であるものについては(前記間下証人の証云及び後記諸証拠によつてかように認定される。)、それが本来は民法の規定の適用を受くべき性質のものである以上、右会計法の諸規定の効果を若干減殺することになるからとて民法の右規定の適用を否定すべきではないと考える。すなわち、国庫収入の確実という目的のため法は前記の如く固有の収納についてのみ規定を設けているところからすれば(右目的の達成ということが、取引の安全保護の要請等をもこえて緊要なことであるとするのなら、本来の性質上適用あるべき民法の右規定についての適用の排除を特に規定すべきであつたといえよう)、法は右目的の達成は固有の収納を規整する限度で事足れりとし、信頼を保護する民法第一一〇条の適用には譲つているものと見るのが相当である。被告らの、本件に民法第一一〇条の適用なしとする主張は、前記会計法の諸規定から直接に適用が否定されるとするのか、その趣旨から適用を否定すべきであるとするのか必ずしも明かでないが、そのいずれにしても採用できない見解である。

次に被告らは、債務の弁済(受領)は法律行為ではないから本件には民法第一一〇条の適用がないというが、債務の弁済(受領)そのもの一般の法律上の性質をいかに観念するにせよ、少くとも金銭の給付の如きを内容とする債務の弁済(受領)について民法の右規定の適用があることは疑をいれないところであつて、右主張は採用できない。

そこで本件各弁済金の受領が民法第一一〇条の要件を具備しているかどうかについて検討する。

訴外岡崎豊の有した地位、身分及び業務内容は前記認定の如くであり、そして、例えば納入告知書の送付、納付の督促等対外関係を伴う業務の遂行は、債権処理班長岡崎豊の名においてこれをなすの権限を有したものであることは、証人間下石三の証云と本件口頭弁論の全趣旨によつて明白であるから、右岡崎は原告のため右の限度の対外的権限を有したものといえる。

次に各弁済の態様について検討するに、請求原因(二)(3) の弁済は、証人長岡武紀の証云と同証云によつて成立を認める甲第一号証によれば、もともと右債務は羊毛の払下による代金であり、右払下事務は岡崎豊が債権処理班長としてこれを担当していたので、債務者は右肩書を有する岡崎との間で払下の手続、これに関する諸般の折衝をして来たものであるところ、右岡崎から債務者に対し代金払込の請求があつたので、債務者は右の如き岡崎の身分や従来の折衝の経過、同人からの払込の請求等によつて右岡崎に弁済受領の権限があるものと信じ、援護庁に持参して同人に支払い、債権処理班長岡崎豊名義の、職印の押してある領収書を貰つたものであることが認められ、同(4) の弁済は、証人西村政五郎の証云と同証云によつて成立を認める甲第二号証によれば、右債務は誤払補償返納金で、それについて債権処理班長岡崎豊から払込の請求があつたので、右岡崎の身分、同人からの払込の請求等によつて右岡崎に弁済受領の権限があるものと信じて、銀行を通じて引揚援護庁復員局経理部債権処理班長宛に送金支払い、債権処理班長名義の領収書を受け取つたものであることが認められ、また同(5) 、(6) の各弁済は、証人高岡春雄の証云と同証云によつて成立を認める甲第三号証によれば、これら債務はいわゆる額面超過金支払債務であつて、債務者はこの種債務一般の支払方法として、支払を求め来つた債権者に対し、割当株数及びそれに対する額面超過金の額を記載し、かつ受領者(債権者)名を記入した、債務者会社の証印のある領収証用紙を送付し、債権者においてこれに領収者として記名捺印した上、債務者の取引銀行に提出してそこで支払を受けるという取扱をしていたのであるが、本件債務については、債権処理班長岡崎豊から支払の請求があつたので、これに対し右のような領収証用紙を送付したところ、右岡崎豊から領収者として、引揚援護庁復員局経理部債権処理班長岡崎豊と記載し、名下に職印を押して、銀行に提出し支払を求め来つたので、銀行では、もともとこの領収証用紙が支払を求め来つた債権者に対して送付されているものであることを知つているところへ、右領収証に国の機関としての領収者名の記名、職印のととのつたものを提出して支払の請求があつたので、この領収者の身分その他右の諸事情によつて、右岡崎豊に弁済受領の権限があると信じてその支払をしたことが認められる。

右認定の如く請求原因(3) ないし(6) の弁済は、岡崎豊に弁済受領の権限があるものと信じて同人に対してなされたものであり、そして国の機関に対する民衆の信頼が強いわが国の現状、国家その他の組織体に対する債務については一おう支払請求者に支払受領権限があると考えるのが普通であること等を加味して考えると、前記認定の諸事実によれば、かく信ずるについて正当の理由があつたものとなすべきである。

被告らはこの点につき、歳入金は出納官吏等法定の収納権者でなければ収納できないことになつており、また本件納入告知書にも「日本銀行に納入すべし。」と記載されているのに、右の法の規定、告知書の記載を無視してなされた本件各弁済には右の正当の理由はない、というけれども、その前者についていえばかかる法の専門知識に属する事項につきこれを調査知得しなかつたからとて通常人たる債務者らを責めることはできないし(殊に相手が国の機関として公然と支払を請求し、公然と支払を受けている事実に照してそうである。)後者についていえば、証人間下石三の証云によれば、納入告知書には「日本銀行又はその支店」へ納めるよう記載してあつたことが認められ、また、右証人の証云と弁論の全趣旨によればかかる告知書が前記債務者らにも送付されたものと推認すべきものの如くであるが、特に制限的でない右記載は、前記の如く組織体に対する債務については支払請求者を支払受領権者と考えるのが殆ど常識といえるほど強く支配している現状のもとでは、一おう事務取扱上の便宜から支払先を指定したものであつて、支払請求者に本来存する(と考えられている)受領権は相変らず存在するものと観ずるのが普通であり、少くとも通常人としては無理からぬことであることを考えると、直ちに前記債務者らに責むべきものありとはなし難い(加うるに相手が国の機関として公然と支払を受けている事実を附加して考えるとそうである。)。

請求原因(二)の(3) ないし(6) の弁済についてその受領に民法第一一〇条の表見代理が成立し、右弁済は原告に対しその効力を及ぼす(原告がその責に任ずる)こと以上によつて明かであるが、右(二)の(1) 、(2) の弁済については弁済の態様につき特に徴すべき証拠がない。しかしこれらについてもそれが訴外岡崎豊が取り扱つた右(3) ないし(6) と同種の事務であるから、特に異例の取扱がなされたことの認むべきものなき本件においては、右(3) ないし(6) と同様の態様で、正当理由のもとに右岡崎の受領権限を信じてなされたものと推認するのが相当であつて、これら弁済も民法第一一〇条により原告に対しその効力を及ぼすものとなすべきである。

右の如く本件各弁済が原告に効力を及ぼす以上、弁済金は弁済と同時に原告の所有となつたものとなすべきは当然であつて、被告らは、この場合にも金銭は国庫金の出納保管をつかさどる日本銀行または出納官吏の保管になつた時に原告の所有となる旨主張するけれども、採用し難い見解である(あるいは被告らは、ここでは訴外会社らの岡崎豊に対する弁済金交付が出納官吏または日本銀行への弁済の委託のためなされたものであるとする(事実上の)前提からかように主張するのではないかとも察せられるが、本件各弁済金が弁済のため交付、受領されたものであることは当事者間争なきところであるし、前掲諸証拠並びに弁論の全趣旨によつて明白なことでもある。)。

然らば本件各弁済金のうち金三一六万八二三二円三七銭を自己の用途に費消した右岡崎豊は(自己の金銭でないことは当然知つていたものといえる。)、悪意の受益者として原告に対し、右金額及びこれに対する受益(費消)の日たるおそくも昭和二七年七月一七日(同日岡崎豊が死亡したことは前記の如く当事者間争がない。)以降年五分の利息を附して返還する義務を負つたものというべきであり(被告らは、官吏の職務執行行為またはこれと密接不可分の関係にある行為については民法の規定の適用はないから、岡崎豊の不当利得返還義務は否定せらるべきである、というが、立論の当否はしばらくおき、本件におけるが如く、職務執行に際して自己の占有に帰した国の金銭を、自己の用途に費消して不当に利得したという関係につき、民法の規定の適用を排除すべき理由はない。)、次に岡崎豊の死亡によつて被告らが原告主張の如くその相続をしたことは当事者間争がないから、被告らはそれぞれ原告に対し、原告の自認する内入額を控除した原告請求の金員を支払うべき義務あるものというべく、よつて原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 古原勇雄)

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